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 天草四郎時貞 島原半島と、その南に位置する天草諸島。この一帯は江戸時代初期に起きた「島原の乱」の舞台となった地でもあります。 飢饉と重税とキリシタン弾圧に苦しむ民衆の不満は頂点に達していた寛永14年。僅か16歳の少年であった天草四郎(益田四郎時貞)を総大将とした3万7千人の一揆軍が、12万の幕府軍と果敢にも戦うことになったのです。
天草四郎ゆかりの地である天草諸島から、島原の乱の最終決戦地である原城まで。 歴史を辿りながらの散策は、雲仙天草ならではの旅の醍醐味なのだと思います。
十字架に秘められた歴史
天草キリシタン文化の発祥地である河浦町に建つ崎津天主堂は、永禄12年(1569年)からの古い歴史を持っています。
天草の大江地区では、島原の乱の後にも隠れキリシタンとして信仰が守り続けられてていました。大江天主堂は丘の上に建つロマネスク様式の天主堂です。
この天主堂は昭和8年、ルドビコ・ガルニエ神父が私財を注ぎ建てたもので、神父は一生をこの地に捧げました。天主堂の麓にある天草ロザリオ館(写真右)では、天草のキリスト教伝来から禁教復活までを様々な資料で展示しています。 |
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